シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

薪割りルーキー

薪ストーブの季節が終わり、燃やした薪を補填する季節がやってきた。
ありがたいことに、今年の春も燃やしたぶん以上の薪を確保できた。
伐採現場に顔を出して倒木を分けてもらえないかと交渉したら「少しでよければあげるよ」と、軽トラ2台ぶんの倒木を分けてもらえたし、近所のブドウ農家は「古い木を切ったから」と、伐採したブドウの木を家まで運んでくれた。
さらにわが森で自分が伐採したヤマザクラの巨木や杜仲の木などもある。

さて、がんばって薪割りをするぞ!
といつもならやる気がみなぎるところだが、今年は事情が違う。
右肩の状態がよくないのだ。
肩甲骨あたりに鈍痛があり、連日湿布を続けても痛みが消えない。
右手を上げたり、肩を回したりすると不快な痛みに襲われ、薪割りをするのがつらい。
原因は頚椎だった。
整形外科で診察を受けたら、頚椎の骨と骨との間隔が狭まって神経を圧迫しているために肩から腕にかけて痛みやシビれが発症していることがわかった。
どうしてそうなったのか?
要因を尋ねたところ、医師は「年ですね」とあっさり言った。

いや、そんな年じゃねぇし! と反論したいところだが、長時間の執筆、バックパッキング、自転車、オートバイ、車の運転など、重い頭を支える首に負担を強いる姿勢を長年に渡って続けてきたため、頚椎に支障をきたしているらしい。
年をとるとはそういうことなのだ、と医師に諭されてしまった。

情けないけど、現実を受け入れざるを得ない。
その後、整形外科に通ってリハビリを続けた結果(妻に「リハビリに言ってくる」と告げるたびに、ああ、年寄りくさい言い方! と落ち込んだ)、痛みは緩和された。
そのうち治るだろうが、薪割りできる状態までは回復していない。
このまま梅雨に入っちゃうかもな‥‥‥とあきらめモードに入っていたら、帰省した次男の南歩が言った。

「僕がやるよ」
その言葉にちょっと感動してしまった。
長男の一歩はアクティブな運動系で(僕が肩の痛みに悩まされている時も、一歩はスペインの巡礼路カミノ デ サンティアゴを約1000km歩く旅に出ていた)、早い時期から薪割りをしてきたが、トロンボーンを吹いたり、ピアノも弾く音楽系の南歩は薪割りをほとんど体験していない。

でももう19歳だ。
本人がそう言うんだからまかせてみよう、とやらせたら意外にもうまかった。
最初はへっぴり腰だったけど、すぐにコツをつかんだ。
力みがなくなり、斧の刃がまっすぐに当たって、パカーン! と真っ二つに割れるようになった。

「どう? 気分は?」
割れた瞬間、ドヤ顔になる南歩に聞くと、「楽しい!」とニコニコ顔で答えた。
予想どおりの答えに、僕もうれしくなった。

薪割りは野球のバッティングに通じる楽しさがある。
力まかせに振るのではなく、斧の重さを利用して振りおろし、インパクトの瞬間にギュッと手を絞る。
その要領で幹のスイートスポットに刃をまっすぐ当てれば、気持ちよく割れる。
バットでボールの芯をヒットしたときのような快感が薪割りにはあるのだ。
野球が大好きで西武ライオンズファンの南歩にそう解説すると「うん、わかる」と納得した。

「ホームランじゃなくて、ヒットを狙えばいいんだね」
「そう。メヒアじゃだめ。源田の気分で素直に打てばいい」
なんのこっちゃ? と多くの人は思うだろう。
西武ライオンズのファンにだけ、わかればいい。
あまり期待していなかったのにヒットを重ねるルーキー南歩の活躍を、僕は目を細めて眺めた。
自分でする薪割りは充実感があるけれど、息子が薪割りをする姿を眺める時間も、それなりに心が満たされる。

南歩の薪割りがどんなにうまかろうが、歯が立たない樹木もある。
僕の肩が絶好調だとしても、こればっかりは無理だろう。
農家からもらったブドウの樹木だ。

繊維がびっしりつまっているし、幹はいやらしくねじれている。
まっすぐではないのだ。
斧の刃が断面に食い込んでも、割く力が下まで届かない。
「でも、やってみる」と、南歩が挑戦してみたが、どうしようもなかった。
斧の刃をはね返してしまうくらい硬く、割れそうな気配はない。
しかし、このような難敵が出現したときこそ、威力を発揮する秘密兵器がある。
近所の新田くんがレンタルしている薪割り機だ。
連絡をとったら「いま使ってないから、しばらく使っていていいですよ」と新田くんはすぐに薪割り機を運んできてくれた。

「すごいね。薪割りする機械があるんだ」
初めて薪割り機を目にする南歩は興味津々だ。
いや、一昨年借りたときに薪割り機を見ているはずだが、吹奏楽の部活に没頭していた高校生の南歩は朝早くて夜遅い毎日を過ごしていたので、薪割り機が作動している姿を目にしていないのである。

「これがあれば、どんな木も割れる。ブドウの木も、ぶっとい木もすぐに割れる」
僕はエンジンをかけ、薪割り機に太いブドウの木を乗せた。
南歩は目を輝かせて見つめている。
レバーを倒して作動させると、刃がメリメリと食い込んでいき、歯が立たなかったブドウの木は二つに割れた。

「どうだ! すごいだろ」
 エンジンのパワーに感服してるのでは、と思いきや、南歩は浮かない顔をしている。
「こんなのだとは思わなかった‥‥‥」
「え? どう思ってたんだ?」
「なんかさ、刃がパーンと当たって、一瞬で木が割れると思ってた。これ、遅いし、きれいじゃないし‥‥‥」

僕は南歩の頭の中を想像した。
刃物である斧でスパッと薪を割る歓びを体感したものだから、工場のプレス機のように一瞬にして機械が作動する場面を南歩は想像していたんじゃないだろうか(そんな薪割り機があったとしたら、かなりデンジャラスだと思うが)。
刃がゆっくり食い込んで樹木をメリメリと裂いていく現実の薪割り機はエレガントじゃないと思っているのだろう。

最初は拍子抜けした南歩だが、効率よく薪に仕上げていく機械のパワーには納得したようだ。
そもそも普通なら薪にしないようなブドウの木を薪にしてくれるんだから、大した機械だと思わざるをえない。
南歩はブドウの後、森で倒したヤマザクラの巨木も薪割り機と斧を併用して、すべて薪にしてくれた。

空いた薪棚にすぐ並べるよりも外に山積みにして風雨に晒しておいたほうが虫もつきにくくて乾きも早いのだが、南歩はもうすぐ大学のある愛知県に帰ってしまうので、棚に並べて積む作業もまかせることにした。

タイミングよく、ファイヤーサイドから薪運び用のカートが届いたばかりでもある。
どの棚にどのように積めばいいか、南歩に教えて、僕はその作業を見守った。

南歩が働いてくれたおかげで、ガレージの奥で空いていた棚は、薪の壁に仕上がった。
今年南歩が割ってくれた薪を燃やすのは、おそらく3年か、4年後になると思う。
そのとき僕は「これは南歩が初めて割った薪なんだな」と想いを馳せて、薪ストーブにくべることになるだろう。
きっとその薪はこれまで燃やしてきた薪よりもずっと暖かく感じるはずだ。
そう思ってしまう自分を、親バカだとわかってはいるけれど。

 
Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は7月下旬です。

 



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