シェルパ斉藤の八ヶ岳スタイル

八ヶ岳の手づくりログハウスを舞台におくる火にまつわる旅人的カントリーライフ

わが家のどんど焼き

どんど焼きは年明けの風物詩。
名前やスタイルに違いはあれど、全国各地にどんど焼きの風習があるらしい。
八ヶ岳山麓のわが集落でも毎年成人の日に近所の公園でどんど焼きが行われる。
住人にケーブルを設置する業者がいるため、木の大きなドラムをいくつか置いて土台にして、その上に木材や正月飾りなどがピラミッド型に積まれる。
昨年はタンスやイスなどの家具も積まれてあったが、どんど焼きついでに木製家具を処分する輩もいたりする。

集落のどんど焼きほど大がかりではないが、わが家でもどんど焼きを行うことにした。
ドッグランに設置しておいたウッドデッキが朽ちつつあったので撤去したのだが、そのデッキ材をまとめて処分したい。
ドッグランに植えられていた杜仲の木(葉はあの杜仲茶になる)の枝もカットしたい。
みんなまとめて燃やせば、ドッグランがすっきりするし、キャンプファイヤーのようなどんど焼きも楽しめる。

年明け以降晴天が続いて空気が乾いているが、週間天気予報によれば成人の日は雪が降る予報が出ている。
そのため前日にどんど焼きをすることにした。
たとえ火が残ったとしても、翌日は雪が降るから周囲が延焼する危険もなくなる。
タイミング的にちょうどいい。

「どんど焼きなら、ダンゴをつくらなきゃ」
こういう話になると、妻はすぐに乗ってくる。
さっさとダンゴを作り出した。

さらに消防署にも電話をかけた。
前もって自宅でどんど焼きをする旨を告げておくのだ。
炎や煙が大きくなったとしても火事に間違われることがないし、最近は野焼きをするにも届け出が必要なのである。
どんど焼きは日本の伝統行事だから、消防署もすんなりと受け付けてくれた。

1月7日。
チームシェルパの仲間たちや常連客たちが集まって、どんど焼きの準備がはじまった。
チェーンソーを扱うのは、僕と花澤先生だ。
花澤先生が朽ちたデッキ材をチェーンソーでカットして井桁に組んでいく。
小学校講師の花澤先生は、キャンプファイヤーの設置には慣れている。
テキパキと働き、たちまち大きな井桁組みができあがった。

その間、僕は杜仲の木を数本カットした。
このドッグランは借地で、杜仲は近所の地主さんが植えていた樹木だ。
成長が早くてすぐに生い茂るため、何本か伐採するように地主さんに言われていたのだ。
木を倒したら枝を細かくカットする。
太い幹は40cmの長さにして薪割り場に運び、細かい枝は井桁組みのキャンプファイヤーで燃やしやすいサイズにチェーンソーでカットする。

妻たち女性陣はカットした枝のなかから適当な長さのものを選び、先端にダンゴをさす。
それをフェンスに並べたら、白いダンゴの花が咲く風景になった。

準備が整ったところで、どんど焼きのスタートだ。
井桁の中心に新聞紙を一枚入れ、その上に朽ちた簾を被せ、枯れた枝などを積んでいく。
そしてマッチで新聞紙に着火。

火はたちまち大きくなり、大きな炎があがる。
火事ってこんなに簡単に起きてしまうんだ、ということを子供たちに教育する絶好の場だが、肝心の子供たちはまだひとりもいない。
キャンプファイヤーのまわりにいるのは大人だけだ。

「フォークダンスを踊りましょうか」と誰ともなく言い出したが、音楽はないし、昼間から手をつないで踊る気はさすがに起きない。
井桁に組んだキャンプファイヤーの火力はすさまじい。
井桁のトップから突き出る炎は3mくらいの高さにまであがる。
その中心にカットしたばかりの杜仲の枝を次々に入れていく。
生木なのに勢いよく燃える。
上品とはいえないスタイルだけど、これは焚き火ではない。
この盛大な炎こそが、どんど焼きなのだ。

どんど焼きならではのダンゴを焼こうと大人たちはがんばるが、炎の熱がすごくて近寄れない。
せっかく作ってくれたダンゴの花だけど、まとめて焼くのは無理なので、長い枝の先端につけかえて1個ずつ焼くスタイルに変更した。
その方法が功を奏して、表面がきつね色にこんがりと焼けた美しいダンゴに仕上がった。
砂糖醤油の甘辛のタレをつけて食べる焼き立てのダンゴは絶品。
1個ずつじっくり焼かなくてはならないその手間も、よりおいしいダンゴに演出していると思う。

夕暮れ近くになって、火は落ち着いた。
燃え盛っているときは近寄れなかったけど、熾き火ならダンゴを焼きやすい。
チームシェルパ閉店時刻近くになって、小さい子を連れたゲストが立て続けに現れ、彼らは火と戦うことなく焼けるおいしいダンゴを次々と平らげた。

日が落ちて周囲が薄暗くなると、煌々と燃える熾き火は美しさを増す。
気温が一気に下がったけど、火のそばは薄着でいられるくらい温かい。
どんど焼きが終わって、焚き火の時間が幕を開けた。

美しい焚き火は人を呼び寄せる。
若き茅葺き職人のホリー、モンベル大阪本社の中山さん、さらに夜遅くには5月からパラオに移住予定の19歳の芸術家、ジョーも加わって、焚き火の宴がはじまった。

マグマのような熾き火は収まりそうにない。
このエネルギーを活用しない手はないと、ダッジオーブン料理をすることにした。
鶏肉と野菜を焼くだけのシンプルな料理だ。

鶏のもも肉を、すりおろしたタマネギとニンニクを加えた特製のタレ(白ワイン100cc、醤油50cc、みりん20cc、塩コショウ少々)につけ込んで、ピーマン、しいたけ、じゃがいもとともにダッジオーブンに並べる。
あとは熾き火で囲んでじっくり待つだけだ。

前回はクリスマスイブに骨付きもも肉をダッジオーブンで焼いて大成功したらしく(僕は旅に出ていて留守だった)、妻の助言で今回もそのときと同じく1時間ほど置いたが、前回は竪穴式住居での焚き火。
今回の大きな焚き火とは熱量に格段の差があった。

1時間近く焼いてダッジオーブンを開けると、底は少し焦げついていたし、表面にも焦げが見られた。
でもカリッと焼き上がって香ばしいし、鶏肉は味が染みて柔らかく仕上がった。
それ以上においしかったのは野菜だ。
鶏肉の旨味が染み込み、ホクホクの状態。
熱を発する焚き火のそばで、冷えたビールを飲みながら、おいしい夕食の時間を過ごした。

僕ら家族は適当な時刻に家に入ったが、ホリーたちは夜遅くまで焚き火を囲んで語ったという。
その間、薪は1本も足していない。
それなのに焚き火は夜更けまで煌々と燃え続けたそうだ。

そして翌日、天気予報どおり雪が降り、わが家一帯は雪に覆われた。
焚き火は鎮火したが、地熱が残っていたのだろう。
その部分だけ、雪が積もらずに丸く残っていた。

プライベートなどんど焼きはトラブルもなく、最後まで楽しめた。
ドッグランに丸く残る焚き火の跡は、成功を意味する黒星なのだ。

 

Photo:シェルパ斉藤
Illustration:きつつき華

*隔月連載。次回の更新は3月下旬です。

 



このWebマガジンはファイヤーサイドが提供しています。

  • ページの先頭へ

薪ストーブエッセイ・森からの便り 新着案内