ポールキャスナー 薪ストーブのある生活

日本における草分け的存在が贈るカントリーライフの提案。薪ストーブにまつわる様々なストーリーをお届けします。

炎の劇場

ギリシャ時代から劇場に使われる「プロセニウムアーチ」がバーモントキャスティングスアンコールイントレピッドのアーチのデザインベースです。炎の劇場の中にあることでしょうね。
薪ストーブを、単に薪を燃やすための鉄の箱と考えるのではなく、薪ストーブ全体を「炎の劇場」としてとらえ、いつまでもながめていて飽きることのない「炎の舞台」の額縁として考えられたものです。また張り出し舞台をそのまま灰受け(アッシュリップ)として活かされているのも、バーモントキャスティングスの薪ストーブ全体を劇場としてのデザインコンセプトが基本にあるこその機能美なのです。

(以下Wikipediaウィキペディアより)
プロセニアム・アーチ(proscenium arch/英)とは、客席からみて舞台を額縁のように区切る構造物をいう。 そのためこれによって縁取られた舞台を額縁舞台と呼ぶ。

またこの構造物から派生し、演技空間を規定する概念語としてももちいられる。その用例で「プロセニアム芝居」などという場合は、やや批判的ニュアンスが含まれる。舞台作品の製作に携わる各部門において単に「プロセニアム」と呼ぶときは、プロセニアム・アーチか、アーチのある舞台上の位置そのものを指す。ただし舞台音響において「プロセニアム」というときは、プロセニアム・アーチ上面にとりつけられたスピーカーのことをさすことが多い。

イタリア、ヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコ(16世紀後期)には、最初期のプロセニアム・アーチがみられる。
プロセニアム・アーチの明確な成立を、同じくイタリア、パルマのテアトロ・ファルネーゼ(17世紀初頭)とする説もある。

この額縁舞台の形式はイタリア式劇場として発展し、ヨーロッパの近世から近代に次々とつくられた屋内劇場では、プロセニアム・アーチをそなえることがスタンダードとなった。ミラノのスカラ座、パリのオペラ座などにみられるように、馬蹄形の平土間と垂直にたちあがった桟敷、プロセニアム・アーチつきの舞台、さらに舞台前のオーケストラ・ボックスが、西欧近代の劇場構造の典型とされる。プロセニアム・アーチの出現はより複雑な舞台機構を可能にした。舞台装置はプロセニアム・アーチという額縁を意識した絵画的ものになっていき、遠近法を利用した写実的な装置が生まれ発展していった。 19世紀末から20世紀初頭にかけて、プロセニアム・ アーチの存在を明確に否定する劇作家・演出家が現れ始めた。例えばベルトルト・ブレヒトもその一人である。

可動式プロセニアム・アーチと仮設式張り出し舞台の組み合わせ第二次世界大戦後の日本において多数つくられた公立・私立のホールは、 ほとんどがプロセニアム・ アーチつきの舞台をそなえている。しかし、額縁舞台を前提とした演出(影響の項参照)に批判的な演劇人からは、プロセニアム・アーチつきの舞台を敬遠するうごきもでてきた。
そこで近年、可動式のプロセニアム・アーチが考案され、仮設式の張り出し舞台と組み合わせることによりさまざまなかたちの舞台客席空間をつくりあげることが可能となった。日本国内における可動式プロセニアム・アーチを持つ演劇用の劇場としては、新潟県長岡市リリックホールの「シアター」や、愛知県長久手町文化の家にある「森のホール」などがある。



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