エッセイ集 薪ストーブの里から

田渕義雄・薪ストーブエッセイ きみがいなければ生きていけない

信州の山里に暮らす自然派作家がつむぐ薪ストーブをめぐる物語

Woodstove in August 八月の薪ストーブ

八月。夏が燃え立って、ルドベキアの花が咲き競う季節。
この小さなヒマワリは北米原産のワイルドフラワー(野草)。
野原や道ばたの何処にでも咲いていて、アメリカの夏を謳っている。
コロラド、ワイオミング、モンタナ、オレゴン。
それから、ニューイングランドのヴァーモント、メイン。

庭にルドベキアの花が咲き誇れば、アメリカの鱒釣りの夢を追った日々が思い出される。
清らかな水辺で人生の幾日かを分かち合った鱒釣りの仲間達。
みんな今でもフライロッドを振っているだろうか。

ストーブのサイドドアから長すぎる丸太を押し込んで、
ドアから丸太がはみ出でているのを笑っていたディックとスチュアート……。
二人は今でもあのフィッシングロッジにいて、初代デファイアントを焚いてるだろう。





八月。
薪ストーブに火が入らない唯一の月。
水差しにルドベキアの花束を差してストーブトップに置いて…過ぎた夏を懐かしむ。
70年代と80年代のアメリカはよかった。
茫洋とした夢のようなものがそこここに漂っていて、みんなフレンドリーで屈託がなかった。
バーモントキャスティングスの薪ストーブは、そんな時代の落とし子として生まれた。
わたしは、この会社を訪ねた最初の日本人だった。





夏の薪ストーブは、花瓶を置くための最良の花台である。
そのストーブトップほど庭の花を飾るにふさわしい場所はない。
十分なスペースがあるので大きな花瓶でも邪魔にならない。

ストーブトップに置かれた花瓶の花たちは誇らしげだ。
そこは、切り花のための夏の玉座だ。
あなたの家の、夏の薪ストーブはどうしていますか? 





夏の薪ストーブは、ダンパーを開いて吸気口を全開にしておこう。
そうしておけば、ストーブはクワィエットな換気装置として部屋の空気を浄化してくれる。
煙道が夏の日差しで熱くなるのでかなりの対流が起こるんだ。

クッキンググリドルを開いて、ストーブトップに火の付いた蚊取り線香を置いてみたまえ。
その煙がどんどん煙道に吸い込まれていくさまに、あなたは目を見張るだろう。
薪ストーブは、燃えているときはもちろん、そうでないときでも部屋の空気を浄化してくれる。

村内でも、近頃はハウスメーカーの高気密住宅が目立つようになった。
その家の屋根からはチムニーのような物が突き出ている。
「立派な煙道を築いて薪ストーブを導入したんだな」。そう思っていた。
しかし、それは部屋の空気を換気するためだけの大袈裟な仕掛けだった。

「いくら暖房しても、換気装置がすごい勢いで部屋の空気を吸い出すから寒いんですよ」。
去年ハウスメーカーの家を新築した住人が冬にそう言ってた。
馬鹿だなー、薪ストーブを導入すればいいのに……。





「今日も各地で酷暑日が…」と天気予報が連日大騒ぎしている。
「もっと暑くなれ。真夏日がいつまでもつづけ」。
わたしは缶ビール片手にそうほくそ笑んでいる。
我が寒山の夏はアルカディア。
下界が酷暑になればなるほど、我々の幸福度は増す。

この夏は、ラズベリーもブルベリーも南瓜も馬鈴薯も瓜も最高の出来だ。
30度を超す日が何日もつづくといいのだが、今年の最高気温は今のところ28度止まり。
午後になると、積乱雲が日差しをさえぎって涼しくなってしまう。残念!


八ヶ岳 雲をあつめて 雲隠れ
雷雨あるらし みやまべの里

 

 

サンティーを召し上がれ

夏はアイスティーが美味しい。
日差しの中で庭仕事をした後の午後のアイスティーは特にね!
で、美味しいアイスティーのスマートな作り方をお教えしましょう。
北カリフォルニアのレストランの庭で、そうしているのを見て覚えた。

朝、ガラスの水差しに茶葉を適量入れて水を。茶葉の量は控えめでいい。
それを、夏の日差しの中に日中置いておく。
日差しの中で、日向水が静かに対流してゆっくりと紅茶のうま味を抽出する。
わたしは庭にある石のテーブルの上にそれを置く。
夏の日差しの中で、石のテーブルは50度にもなる。
夕方になったら茶葉を漉して冷蔵庫に。





日向水による水出しティーは、渋みのないすっきりとした味の美味しい“サンティー”だ。
熱湯でいれる紅茶よりもよい香りが留まる。
ティーバッグでもいい味になります。同じ方法で美味しいアイスコーヒーも。
サンティーはガス代の節約になってエコ。
茶葉も半分の量ですむので家計にも優しい。

*追伸;我慢できないほどの暑さを克服する方法。
それは、“笑ってしまう”ことだ。
そうすれば、その暑さをみんなで共有している連帯感が生まれて、
少しは涼しい気分になれるだろう。
笑ってしまおう!


Photoes by Yoshio Tabuchi

The kitchen Garden is beyond all praise. キッチンガーデンとミニハチェット

六月の朝は、苺を食べた。
庭の苺をたっぷりシリアルのボールに乗せて牛乳をかけて苺を食べつづけた。
昼食と夕食はアスパラガスとレタスとラディッシュとコカブを食べつづけた。

そして、七月。
苺の季節が終わろうとしている。ラズベリーが実りはじめた。
七月の朝はラズベリーを食べつづけるだろう。

ラズベリーは我が庭の自慢なんだ。毎年20~30キロ収穫する。
その実を摘むのは妻の仕事だ。
「ラズベリーが実ると憂鬱になる。自分の仕事ができない」と妻が言う。
で、この春はエンジン式の柴刈り機でラズベリーの株を大胆に剪定した。
そうしたら、皮肉なことにラズベリーの花付きが素晴らしくいい。





「ラズベリーの花がいつもより大きい。今年は豊作になるわ。
ジャムにしていけばいい量じゃないわね」
と妻が苦笑いする。

で、二人で佐久平の家電量販店まで出向いて、フリーザーを新調した。
ラズベリーを冷凍保存するためだ。
キッチンガーデン(菜園)の作物をお金に換算したくはないが、ラズベリーには1キロ1万円の価値がある。
そうであれば、嫌々ながらであっても、誰かさんは七月の朝をラズベリー畑で過ごすことになるだろう。





“グリンピースの豆ご飯”は誰かさんの好物。
グリーンピーとシュガーピー(絹莢)とスナップビーンの種を播いた。
ピース(peas)の栽培は苦手だった。 トレリス(蔓棚)を作るのが面倒だ。
支柱を立ててネットを張るのに手間がかかる。
季節が過ぎて、トレリスを片づけるのはそれ以上に嫌だ。
胡瓜のトレリスもそうだ! 長い支柱を始末するのも気乗りしない仕事だ。

そこで、去年は枯れ枝をトレリスに見立ててピーを育ててみた。
庭の木立から枝付きのいい枯れ枝を拾ってきて、その畝に突き刺していった。
その生育を見守りながら、その都度適当に枝を差していけばいいので苦にならない。
そこが、枝木によるトレーニング(仕立て)のいいところだ。

また、枝木の仕立ては菜園にラスティック(素朴)な景観をもたらしてくれる。
そしてそして、枝木仕立てのなによりの美徳は、秋になったらそれをハンドアックス(片手斧)で短く折ってしまえばいいことだ。
それは最高の焚き付けになる。木立の枯れ枝を祝福せよ!





枝木仕立てのコツは、枝木の木元を鉛筆のように鋭く尖らしてやること。
そうすれば、難なく地中深く枝木を突き刺すことができる。
こんな時に大活躍してくれるのが、ミニハチェットだった。


Eureka (ユーリカ)! 我、発見せり。
全長26センチ300グラムのこの可愛らしい斧は、“シャープなナイフとしての小さな手斧”なんだ!
枝木を尖らせるときの、ミニハチェットの使い心地のよさといったらないんだ。
同様な意味で、小型の弓鋸も枝木を切るには使い心地のいいものである。
鋸歯が細くて薄いので、軽く鋸が挽ける。

ミニハチェットは、妻が枯れ枝で焚き付けを作るときに愛用している。
また、南瓜を割るときにも。
この愛らしい手斧は彼女専用で、自分は「バックパッキングの折りでも…」と考えていた。
しかし、その実力を知るにいたって「小さな物が、時には大きな役に立つんだ!」ということに感心した。
道具好きの木工家でもある自分にしてみれば、それは、次のような喩えの形而上学的発見でもあった。





“大は小を兼ねる”と言うが、そうじゃないんだ。
「小さな泉の水は、大きな桶では酌めない。小さな泉の水は、小さな片手桶で酌み取らなければならない」。

我々の幸せは、ちいさな幸せの積み重ねであればそれでいい。
小さな幸せを、小さな手桶で静かに酌み取っていくことが大切なのではなかろうか。
自分の体力に余る大きな重い桶で、大きな泉の水を無理して酌もうとしなくていいんだ。
人生は思っていたよりもずっと長くて…まだ若いきみやあなたよりも少しは多くを見てきた者として、そう助言することができる。





薄衣のワンピースをまとった豊穣の女神ケレスが、七月の緑麗しい庭にたたずんでいる…。
そして、タブチ君にウィンクしている。
グリンピーの莢が膨らんできた。胡瓜が小さな実を付けている。
トマトと馬鈴薯が順調に生育している。
秋までにトマトは150個、馬鈴薯は1000個収穫できると目論んでいる。
菜園は自分たちのための小さな農園である。

「菜園は、人が持つべき物の中で最良の持ち物だ」と思う。
千冊の書物からよりも、より大切なことをより多く、人は自分の菜園から学ぶだろう。

「菜園をつくりなさい。鍬でよく耕して、そこに馬鈴薯の種芋を埋めるんだ。
その生育を見守りながら、株元に何回か土寄せをしてやりなさい。
秋になったら掘り出して、ストーブトップで茹でて食べなさい」
キマグレーノ・タブーチ(寒い山の説教師)



Photoes by Yoshio Tabuchi

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