キツネ火の謎
山里の集落の夕方。
森がすっかり暗く落ちたその縁を、青白い光がチロチロっと光ります。その光は、横にゆっくり進んだりちょっと上昇したり、とつぜん消えたり、します。
これを、昔から村人は「キツネ火」と呼んできました。
そういえば最近、キツネ火を見なくなりました。
日本の田舎の奥まで近代化が進み、街灯などのネオンが夜間でも明るいからです。
キツネ火は、漆黒の寒い時期に淡い光を出しますから、世間が明るくなると見えにくくなるのでしょう。そして、現代人のライフスタイルも車社会となって村里をゆっくり歩くという習慣もなくなりました。だから、ますます周辺の闇に目を向ける機会もありません。
こうして時代の変化とともに「キツネ火」も、やがて忘れ去られようとしているのでしょうか。
このキツネ火は、いったい何なのでしょう。
これは、恐らくキツネの体毛が静電気によって光るのではないかと思われています。
キツネ火は冬など、寒い夜間によく見られることから、キツネの暖かい体と寒い空気で起きる静電気説はかなり信憑性があります。
しかも、冬はキツネたちにとっては恋の季節。
オスとメスのキツネが、たがいにじゃれ合いながら追いつ追われつのデートをくりかえします。このときに、お互いのキツネ同士の体が擦れ合ったりするときにパチパチっと炎が起きて「キツネ火」となるからです。
キツネは現在でも、わたしたち人里にちゃんと生活しています。
ときには、市街地のど真ん中まで出没してきていることも少なくありません。
そんなキツネですから、現在でも「キツネ火」を出していることは充分に考えられます。しかし、それが目撃できないということは、それだけわたしたちをめぐる環境が電気エネルギーなどを使って夜間を明るく変えてしまってきているからです。
これも環境の変化と言ってしまえばいいのでしょうが、インターネットのプラウザに「Firefox」とか、アウトドア用品メーカーに「Foxfire」があるように、キツネ火は洋の東西を問わず見られていることがうかがえます。
このことは、世界中の人たちが昔から自然と語り合ってきていた証拠でしょう。
自然界の小さな営みにも昔人は耳目を傾け観察してきたから、「キツネ火」も見えたのです。ところが、現代人はそうした自然との語らいをすっかり忘れてしまっています。
キツネやタヌキなど昔から日本に生活してきた野生動物は、いまでも私たちのすぐ近くで息づいていますから、そんな隣人にちょっと関心をいだくだけでもキツネ火は見られるのかもしれません。
「自然は黙して語りません」、しかしほんのちょっとだけ私たちが関心を示せば、いろんなカタチでどんどん語りはじめてきます。そこがボクにとっては楽しくて堪らないから、いつも自然の言葉には耳を傾けています。

何か古い記事に投稿申し訳ないのですが、私も納得する経験がありましたので書かせて頂きます。
先猟期の事だったのですが、いつも通り暗くなるまで山でネバって車まで戻った時の事でした。
時刻は19:00を過ぎた頃だったのですが、着替えをしていると、枯れ川を挟んだ対岸の斜面から異音が聞こえ、間を置かず、”キャー‥、キャー”と女?の悲鳴が聞こえました。
普段でしたらビビッて逃げ出しそうなくらいだったのですが、なにせ”モード:ハンター”だったので余裕を装って着替え、完了後に大マグライトを引っ提げ悲鳴の元に走りました。
そうすると、すごい速さで悲鳴が遠ざかって行くのです‥、しばらく追いかけたのですが、さすがに”ヤバイかも”と思い、途中で引きかえしました。
街に戻ってしばらくして、たまたま銃砲店で会ったベテランハンターにその話をすると、”そりゃぁ、キツネじゃねえか。気っ持ち悪い声で鳴くぞ”と教えてもらい、ネットで調べたところ、キツネである事が判明しました。
昔の人たちの、キツネが女に化ける話もマンザラじゃないな、と思いましたね。
でも、昔話はあまり信じたくないですね、やばそうな話が多いですから。
昔の人たちは、耳も目もしっかりつかって自然界をみていたと思います。
キツネは、ほんとうにいろんな声を持っていますから、「コンコン…」と鳴くというのもあながち嘘ではありません。
寒中の深夜に「フォンフォン」と鳴く声は、やはり「コンコン」と聞き方によっては聞こえるからです。
それと、キツネに化かされた話しはどこにでもありますが、昔のこと隣町まで飲みにいって、いまでいうところの「ぼったくり」に遭ってしまい、無一文になって帰宅するも家族に会わす顔がなく「キツネ」のせいにしてしまったコトって、けっこうあるのではないかと思うのですが。